学校創立と同時に鶴岡中学校で国語・漢文を担当されていた萓間保蔵氏に作詞を依頼、構想をまとめた萓間氏は、知友の著名な詩人で「荒城の月」の作詞者であり、英文学者の旧制第二高等学校教授土井晩翠氏に全面的な補訂作詞を依頼し、快諾されたとのことである。
曲は「春がきた」「故郷」「朧月夜」などの作曲で有名な東京音楽学校(現東京芸大)教授・岡野貞一氏が作曲、創立の翌年大正10年4月校歌として制定された。